長府博物館



山口県下関市長府土居の内町1-6 長府支所内
長 府 観 光 協 会
TEL 083-241-0595 FAX 083-246-1130



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1933年(昭和8年)10月20日、京都尊攘堂を設立した松陰門下生の品川弥二郎の「長門にも尊攘堂を」という意志を受け継ぎ、幕末結成された長府藩報告隊士でもあった桂弥一(かつらやいち)が、私財を投じて高杉晋作の挙兵で名高い功山寺境内に建設したもので、明治維新の研究や志士達の顕彰活動を行ったもので、維新資料を中心とする博物館資料は全国的に高い評価を受けています。
 のちに財団法人長府博物館となり、1980年(昭和55年)4月1日下関市に移管されました。また、博物館本館が平成11年6月7日登録有形文化財となりました。
 収蔵品は重要文化財の和同開珎遺物を始め、旧毛利家遺品、乃木希典の他、幕末・維新では坂本龍馬や高杉晋作、白石正一郎、長府藩報告隊士、吉田松陰、久坂玄瑞、桂小五郎、西郷隆盛、大久保利通、吉田稔麿、前原一誠、七卿などの貴重な資料が保存されています。収蔵数15,000余点。
 「尊攘堂」とは、吉田松陰が遺書として書いた「留魂録」の言葉からとったものです。松陰が考えた尊攘堂は、あらゆる身分の者の入学を許し、入寮寄宿もできる設備を整えたいわゆる開かれた教育の場、つまり松下村塾を大規模にした教育施設の構想であったという。長府に創設された資料的な尊攘堂とはいささか意味が違っているが、志士達の顕彰をはかり広く一般に公開することを通じ、精神的な教導の場とすることの意図は松陰の志を受け継ぐものといえよう。
 松陰はこの志を入江九一に託します。しかしながら入江は松陰処刑後、わずか4年で世を去ります。時は移り、同じく松陰門下生の品川弥二郎がこの遺書を水戸で発見し、その志を受け1887年(明治20年)京都に尊攘堂を建てるのです。
 弥二郎はさらに、長門国に尊攘堂建設を思いつき、親交の深かった桂弥一に託すのです。弥一は1932年(昭和7年)品川弥二郎の33回忌に起工式を行い、翌8年10月20日尊攘堂と万骨堂の竣工式を挙げ開館したのです。東洋式鉄筋コンクリート造平屋外壁石畳屋根瓦葺き、耐震耐火の建物は工事費約6万円。建設工事に従事した人数6,950人。収蔵資料は維新資料・乃木資料など約200点で発足しました。
 また、隣接した万骨塔(ばんこつとう)は、明治維新を中心とした国事に命を捧げた名も無き人々の霊を供養するため、桂弥一が建てたもので、塚には「一将功成って万骨枯る」の碑と全国から寄せられた石が供えられています

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開館時間 9時30分~17時00分(但し、入館は16時30分まで)
休館日 毎週月曜日(月曜日が祝日の場合は開館)、祝祭日の翌日
12月28日~1月4日(年末年始)
入場料 一般200円(160円)、大学生100円(80円)、
高校生以下無料、70歳以上無料。
また下関市内及び北九州市内居住の方で65歳以上の方は無料となります。
*( )内は20人以上の団体料金
*企画展の場合、入館料が異なる場合があります。
所在地 下関市長府川端1丁目2-5
電話番号 083-245-0555
交 通 バス;城下町長府下車、功山寺近く
駐車場 あり(若干)